2016年12月23日 (金) | Edit |
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うりがお月様に帰って1ヶ月。

とてもとても長い1ヶ月でした。

こんなに1日、1週間、1ヶ月が長く感じた事は10代の頃ぶり?




うりはお月様に帰ってから、
全然我が家には居ないようで気配が全く感じられなかったのですが、
やっと先週の土曜日辺りから戻ってくれたようです。

先週の土曜日に実家の父母が(多分)私を心配して来てくれたのですが、
父母が帰ってからうりのサークルから気配を感じるようになりました。

ここ数年、
うりの高齢を理由に実家に連れて帰っていなかったから、
大好きなモモちゃんに逢いに行っていたんだろうなぁ。



気配・・・
うりのお骨からパキパキと音がしたり、
ケージの中から足音やペレットをもしゃもしゃ食べる音がするようになりました。

でも、
2日前から私がまたメソメソし出したら、
音がしなくなっちゃった・・・。


何かこういうスピリチュアルな事って興味はあるけど自分には関係のない分野と思っていたから、
うりの気配とか書く自分が少し信じられない・・・。


うりは私に泣かないように自分の底力を見せて頑張ってくれたのに、
駄目だなぁと痛感しています。



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今でも私の脳裏に焼き付いているうりは・・・
お月様に帰る前日、
うりのご飯の用意をしていたら、
後ろ足が動けないのに必死でケージに入ろうとしている頑張っているうりの顔。


それとお月様に帰った日のお昼にうりのバナナを買いに少し留守をした時に、
身体が思うように動けなくなっていたのに、
サークルの入り口まで出ていて不安そうな顔をしていたけど、
帰って来た私を見てホッとした顔。


それでも私はまだまだうりは生きていてくれると信じていたんだ。

うりがもう限界を超えていたのに、
私は呑気にうりの介護をする気満々でうりに頑張ろうと言っちゃっていた。

うりは低体温になって倒れていた時にお月様に行っていたのかもしてない。

でも、
私があまりにも泣いて泣いてみっともないから戻って来て、
ちゃんとお別れを言ってくれたのかな。

実際、
低体温になってからのうりは死臭・・・まではいかないにしろ、
嫌な臭いがしていた。

お月様に帰ってからはその臭いはしなくなったけど。

精神は生きているけど、
身体は限界を超えていたんだろうなと思う。

点滴をしても身体はもう吸収も出来ず、
下半身に点滴液が溜まっていたし・・・。

本当に強い男だったと思う。


本当に本当に私はうりと出会えて幸せ者だよ。

うりは迷惑だったかも。



2005年うりがこの世に生を受けた頃、
私は病気・・・脳下垂体腫瘍の破裂で色々あった頃でした。

それまでの私は仕事人間で休みもちゃんと取らずに働いていました。

異変があった時も気力で何とか乗り切り、
それでも治まらない頭痛にとうとうダウンし、
この病名が判明しました。

でも、私は死ぬ事には全然厭わなかったのです。

気楽な独り身だし、
自分が死んで悲しむ人はいるけど、
困る人はいないからいつ死んでもいいというスタンスでした。

生きている方が余程辛い。

脳下垂体腫瘍が破裂した時もこの痛みが続きのは生き地獄だな・・・と死を望んでいたのかもしれませんでした。

病名が分からないまま痛みと過ごしていたので、
余計にかもしれないけど・・・。

特に夜中から朝方にかけては痛みがピークになり、
誰でもいいから殺してくれと感じました。

仕事中に意識が遠のく事もあり、
それでも働いていた私は今の自分では全然考えられない。

それでも2週間休んで仕事には復帰しました。

その中で徐々に私自身気持ちの変化があったのかもしれない。

それまでは絶対に生き物は飼わないと決めていたのに、
友達が猫を拾ったという話をしてきた。

引き取ろうかどうか悩んだけど、
悩み過ぎて結局別の里親さんの元に引き取られてしまいました。

その時にその猫の話を持ち込んだ友達とペットショップに行き、
うりと出会い、
うりに一目惚れしてしまったのです。


・・・文章にすると改めて気付いた。

私はうりと暮らすようになって、
自分を必要とするものが出来たから、
生きる気持ちになったと今まで思っていた。

違う。

私がうりを必要で、
うりは私に生の意味を教える為に出会ってくれたんだ。

私が軽く考えていた自分の命をうりがこの11年間教えてくれていた。

私はずっとうりに私の命を半分あげるから、
ずっと一緒に居てねと言い続けていた。

重い言葉をずっとうりに言い続けていた。

違うよとうりは教えてくれた。

命はそれぞれ。

でも、
どの命も大切。

個々がどうのこうの出来るものではない。

人間だけが自然に逆らって自分の感情だけで命を奪い、
軽く扱っている。

あんなに小さな身体でうりはどうしてこんなに強いんだろうと思っていた。

うりは命を私に教えようとしていたから、
私は強く感じたんだ。

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すっごく長くなってしまったけど、
私なりの整理なのです・・・。


大好きなうり。

本当にありがとう。





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コメント、
本当にありがとうございます。

ちゃんと読んでいます。

ちゃんとお返事もしたいのですが、
もう少しお時間下さい。

ありがとうございます。



テーマ:ウサギの日記
ジャンル:ペット
コメント
この記事へのコメント
体調を悪くされたり、大変だったのですね。
体が辛かった時期にうりちゃんと出会って、うりちゃんはうさキックさんを支えてくれたのですね。

うさキックさんの11年間の人生はうりちゃんでできています。
私も9年間の人生は去年亡くなったウサギでできています。
9年と5ヶ月一緒に暮らしている間はあの子がすべてでした。
その9年5ヶ月は自分の人生の一部となって今現在も一緒に生きているんだなぁって思います。
生きていてあまり幸せを感じたことがなかったのですが、
あの子と一緒に暮らせたから生まれてきてよかったと思えました。

大切なうりちゃんが目の前からいなくなって急な環境の変化やショックは大きいと思いますが、思いつめずにすごしてください。
本当に色々な思いがあったのですね。
教えてくれてありがとう。
2016/12/24(Sat) 16:18 | URL  | みさ #mQop/nM.[ 編集]
うさキックさん、初めまして。
コメントするのは初めてですが、以前からうり君の事をずっと見守っていました。
毎日アップされるブログを見て、うさキックさんとうり君の関係がすごく羨ましくて。

実は私も以前、飼っていたうさぎを8歳で亡くした事があります。ちょうど年末の今頃でした。

お骨になってからも、しばらくは手元に置いて一緒にいました。空っぽになったケージをなかなか片づける事ができずにいたら、夜中になると気配を感じたんです。空っぽのケージから音がしたりして。

気のせいと言われればそれまでかもしれないけど、亡くなったうさぎが会いにきてくれたんだなと思います。うり君もきっと、うさキックさんに会いに来たんだと思います。

大切な子だったので、亡くしてからしばらくは辛くていっぱい泣いたけど、時間が癒してくれます。そのうち、音もしなくなりました。

なかなか手放さなかったお骨も、1年後に実家の庭に埋めて、区切りがついた気がします。

今はまだ、あちこちにうり君の気配が残ってるかもしれませんね。いっぱいいっぱい、うり君の事を思い出してあげてください。そんなに思ってくれる飼い主さんと出会ったうり君は、絶対に幸せなうさぎさんです!自信をもってくださいね。
2016/12/25(Sun) 17:48 | URL  | ポポ #UJ3bidCI[ 編集]
読んで泣きました。
私は「運命の出会いを果たした」という言葉が好きで、センスの良い言葉遊びだと思っていました。でも、深い意味があったのですね。
動物好きな人の言う「動物は飼わない」の重さ。。それでも迎えることになった。。
うさキックさんがうりちゃんを迎えると決めてくれて、うりちゃんは幸せになれました。良かった。。
うさキックさんの仕事ストレスやつらい痛みが、うりちゃんがいることで緩和されていたとしたら、それも良かった。
2016/12/25(Sun) 19:01 | URL  | ポコま #PDhd3dos[ 編集]
いろいろあったんですね。
確かにうさキックさんにとってうり君が必要だったのかも
しれませんが、でもうり君にとってもうさキックさんは必要な
存在だったのも間違いないと思います。
だからここまで何度も危機を乗り越えて長生きできたんです。
また僕とクリにとっても、クリが大変だったときにたくさん励ましてくれた
うさキックさんとうり君には、感謝の思いです。
多くの方に励まされましたが、とりわけうさキックさんの言葉は
身に染みました。それは死を見つめて生きてきたからなのかと
今回のブログ読んで思いました。

そちらは雪がすごいみたいだし、これからまだまだ寒くなります。
まだしばらくはつらい気持ちが続くと思いますが、
どうかご自愛ください。
2016/12/25(Sun) 19:09 | URL  | kanomi #-[ 編集]
お体大変だったのですね。
今回で2回目の投稿です。
今年4月に丁度11歳になる、女の子のうりが
お月様に帰ってしまい、しかも私のお休みの日でしたがインフルにかかってしまい、私の腕の中で見送れませんでした。その日の朝、いやな予感はしていたのに
悔やんでも悔やみきれません。気がついた時は逝ってしまった直後でお顔が少し動いていました。ゆっくりと今は思い出と暮らしております。うりにそっくりな生地を見つけてクッションを作りいつもそばに置いて癒されてます。時間がきっと解決してくれると思います。
どうか、ご自愛下さい。
2016/12/27(Tue) 12:28 | URL  | uriura #-[ 編集]
すみません。自分の事ばかり書いてしまいました。
同じ名前の子そして老いて足が不自由になりそれでも気の強さがあったうりくん、後ろ姿が重なり、その頃の自分を出してしまいました。お月様で元気にしていること信じます。ウサキックさんうりくんは大変お幸せでした。
2016/12/27(Tue) 15:23 | URL  | uriura #-[ 編集]
今年最後の日に
私がウサギを飼い始めてから、ブログを楽しみにしていた者です。私の愛ウサちゃんは四年前にお空に帰ってしまいましたが、その後も、うりくんとうさキックさんとのやりとりがとても微笑ましくって、愛読させて頂いておりました。
忙しさにかまけて、ネットを観る余裕が無く過ごしていましたが、今日、ふと、「うりくん、元気かな…」と思い、ブログを拝見した所、悲しいお知らせがあり、今はただ茫然としております。
でも、私の悲しさより計り知れない悲しみの中におられるうさキックさん…
何と御言葉掛ければ良いかは見つかりません。
今、私が言える事は、うりくんは、とても強く、カッコいい男の子でした。
うさキックさん、うりくんは、うさキックさんとの生活は、絶対に幸せだったに違いないです。
まだまだお辛い日々が続くかもしれませんが、泣きたい時は泣いて下さいね。
そして何よりも体調だけは崩さずに…うりくんが心配してしまいますから
返信等は気にしないで下さい。
ただ、哀悼したかったのです。
2016/12/31(Sat) 03:56 | URL  | usata #-[ 編集]
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